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合格体験記2020.07.17

そろばん → 簿記 → 税理士 → Professional


八木 優佳(シニアスタッフ)
平成25年10月入社
シニアスタッフとして活躍中の八木の合格体験記です。

税理士を目指したきっかけ
 小学生の頃そろばんを習っていて、日本商工会議所主催の珠算検定1級を取得しました。中学生以降は、そろばんを触る機会はありませんでしたが、就職の際に、何か役に立たないものかと、数字を使った仕事を探しました。そこで目をつけたのが、同じ日本商工会議所が主催する簿記検定でした。簿記の勉強をしていくうちに、税理士という資格があることを知りました。税理士試験は、科目合格制度があり、とりあえず簿記と財務諸表論だけ受けてみよう、という気軽な気持ちで受験することにしました。
 あいわ税理士法人には4科目合格後に入社し、当初は官報合格を目指して受験をしていましたが、なかなか最後の1科目が終わらず、とにかく確実に勉強を終わらせることを重視して、大学院進学を決意しました。

4科目合格後、大学院へ
 最後の1科目の試験の結果がだめなら、大学院に行こうと思っていました。そのため、合格発表前から入試の準備は進めていました。残念ながら不合格の結果が出たため、すぐに予備校に行き、大学院受験用講座を申し込みました。当初はちゃんと通えるのかどうかが不安だったので、通信制の大学院も考えていました。予備校の先生に志望校の相談をしたところ、通信の方が大変とのことで通学を勧められました。通学年数や必須単位数を考慮し、2年間の通学タイプの大学院を選びました。大学院の入学試験は、通常春と秋に実施されるので、春から通うための入試を行っている大学院の数には限りがありました。願書の提出に間に合う中から、会社からも自宅からも通いやすい距離にあり、なるべく授業開始時間が遅い大学院を選択しました。年明けすぐには願書の提出期限があり、願書と一緒に研究計画書という小論文も提出しなければなりません。年内は予備校で研究計画書の添削指導を受けました。年明けは土日を使って面談の指導を受け、2月の入学試験に無事合格することができました。

<通学計画>
 あいわ税理士法人には、以前週に2回くらい大学院に通っていた人がいたため、それを参考に私も平日に2回定時で退社する計画にしました。大学院は2年間で、2年目は論文に集中するため、1年目に限度まで単位をとることにしました。授業数は1年目の前期(4~8月)が最も多かったです。火曜日と金曜日に2回(90分×2回)、水曜日に1回(90分)と不定期に開催される土曜日の授業(1日)や夏季限定授業に出席しました。そのため、週2で定時に帰り、もう1日は遅い時間に始まる授業だったので、ギリギリまで残業してから授業に向かっていました。業務は授業のない日にまとめたり、休日に出勤したり、大学院の休憩時間(時々授業中・・)にPCを広げて作業をしていました。

学習法について
<単位取得>
 単位を取るためには、授業に出席することが基本です。それ以外に、授業期間の終了時にレポート提出が義務付けられてました。レポートの提出締め切りは科目によって異なりますが、前期(4~8月)は8月上旬が締め切り、後期(9~1月)は1月下旬が締め切りとなることが多かったです。あいわ税理士法人のクライアントには上場会社が多く、1月や7月がちょうど四半期決算の時期と重なってしまい、時間を作るのは難しかったです。少ない時間の中で、レポートの提出が必要な科目のすべてが合格基準に達するように、最低限の条件をクリアするように努めました。

<論文のテーマ>
 大学院で作成する論文は、大学院内で合格点をもらう以外に、免除の申請が通るものでなければいけません。何をテーマにするかは入試のときに決めていますが、入学後にテーマを変える人も多いです。私は相続の財産評価をテーマにしたかったのですが、免除という目的にはそぐわないと教授に言われ、2年生になってからテーマを変えました。もともと自分が書きたかったテーマについては、1年生の間にある程度掘り下げていたのですが、2年生になってからテーマを変えてしまったので、そこから情報収集のやり直しになりました。同級生と同じテーマを選ぶと免除が通りにくくなるという噂もあり、周りの様子を伺いながら決めました。

<論文の情報収集>
 論文の流れとしては、結論が出ているテーマについて、その解釈を掘り下げていくものです。私が選んだテーマは役員退職給与の損金算入性です。関係する判例はどのようなものがあり、それについて誰がどのような意見を述べているのかをひたすら収集していきます。集めた資料は、キングファイル1冊には収まりきらないくらいです。論文の作成は長期間にわたるため、時間が空いてしまうとどこまで調べたのか分からなくなってしまいます。そのため、資料には番号をふり、インデックスを貼って、すぐに検索できるようにしました。さらに、その文献の概要もノートにまとめ、ぱっと見て全体が分かるようにしました。

<論文作成にあたり>
 論文の添削をしてもらうと、意外と誤字脱字が多かったです。最初に、形式的にはここに注意して、という注意事項が書かれた表をもらい、そこに書かれている項目については注意をしてはいたものの、修正を加える都度、間違いが増えていきました。形式面をとにかく重視というのが教授の考えでした。とにかく分量を、と言われましたが、なかなか進みませんでした。

<論文作成にあたり②>
 毎回授業で、仕掛中の論文を見せて添削してもらう、という流れでした。論文を読むと、自分の考えがほとんど書いていないけれども、話をすれば色々出てくるので、それを文字で表して、とよく教授に言われました。自分としては、自分の考えを文章に落としていましたが、もっと細かく具体的に書かないと相手に伝わらないと感じました。

<論文作成にあたり③>
 2年生になると、単位はほとんど取り終わっていたので、論文指導の授業の他に1、2コマだけでした。授業に合わせて仕事を切り上げる負担がなくなった分、気持ちはずいぶんと楽になり、1年が無事に終わったことによる安堵もありました。
 論文指導は、はじめにどのような結論に持っていくかを教授にアドバイスをもらいながら、決めていきました。目次を作成すること。参考文献のリストを作ること。夏になり、それなりに時間にゆとりができましたが、なかなか論文の構想がうまく練られませんでした。図書館に通って、文献をひたすら読んで迷走していました。土日に図書館で資料を集め、平日の夜に資料をまとめ、次に読むべき書籍の洗い出しを行いました。なかなか自分の意見をまとめるのが困難だったので、とにかくいろんな書籍を読みました。1月頭が論文の提出日でしたが12月に入って、ようやく自分の意見が固まり、そこからはひたすら論文の量を増やす作業でした。年内最後の論文授業が終わったあとも、教授にはメールで論文を送り、添削してもらっていました。平日の夜、仕事が終わってから23時くらいにメールを送っても、深夜2時~4時には添削が返ってきていました。年末年始は、図書館の開館スケジュールとにらめっこしながら、最後の追い込みをしました。

 その後、論文を大学院に提出し、学内面接を受けて、無事に修士論文の単位を取得しました。大学院卒業後、国税庁に免除の申請をし、晴れて資格取得となりました。

仕事との両立
<繁忙期の乗り越え方>
 2016年(平成28年)4月に大学院に入学しましたが、最初の壁に当たったのは1年生の4月でした。4月はあいわ税理士法人の繁忙期真っ只中であり、授業に出席するために定時に帰るととても業務が回りません。そのため、その期間は授業を欠席することで乗り切りました。連続で3回欠席したため、後に教授から「もう来ないと思った」と言われました。4月早々欠席したことにより、授業は分からず、特にゼミ形式の判例を学ぶ授業では、皆が発言をする中、黙って聞いていることしかできず、辛かったのを憶えています。単位を取るためには出席日数が大事なので、繁忙期後は、欠席しないように努めました。欠席回数が多かった私の成績はさんざんでしたが、無事に単位を取ることができました。

<時間の作り方>
 通学して通学して半年くらい経過した時点で、体力的に厳しいと思いました。仕事にも大学院にもどちらにも通う時間を短縮するために都心に引っ越しました。家賃の負担は大きかったですが、一日往復で一時間程度のゆとりができたことでずいぶんと楽になりました。また、引っ越し後は、大学院入試のときから利用していた租税資料館が徒歩圏内となったことで調べ物をしやすくなりました。

<図書館との付き合い>
 論文執筆で必要になるのが資料調べで、よく図書館に通っていました。大学院の図書館は平日も遅くまで空いているため、授業がない日でも仕事終わりに調べ物のためだけに大学院図書館に通いました。残念ながら大学院図書館にも置いていない書籍が多く、国立国会図書館に行かなければならないこともしばしばありました。日曜日は国会図書館が閉館日のため、土曜日によく行っていました。入手した書籍を読んで、さらに追加の書籍を読みたい場合に、その書籍が国会図書館にしかないときには、一週間待たなければならず、もどかしい思いをしました。日曜日は、租税資料館を訪れました。すべての書籍が揃っているわけではありませんが、書籍が豊富だったので、利用しやすかったです。

大学院を検討している方へ
<大学院は立地条件で選ぶ>
 仕事をしながら大学院に通うにあたって大事なことは、通いやすさだと思います。平日職場から大学院までの距離が遠すぎず、大学院から家までの帰宅時間もそんなにかからなければ、続けられると思います。私は通勤経路から少しはずれた位置に大学院はありましたが、授業後は座って帰れるバスに乗り、移動時間は睡眠に充てていました。

<同級生と仲良くなる>
 私が通っていた大学院の同級生は20人ほどいて、ほとんどの人が仕事と両立していました。単位を取るのに必死だった1年生のときは、授業後に大学院に残って一緒に自習したり、ご飯を食べに行ったりしました。やることがたくさんあって忙しかった日々ですが、愚痴を言い合える同じ状況の仲間がいることは、とても心の支えになりました。2年生になり論文の執筆がメインになると、同級生と会う機会は減りましたが、週1回の授業で顔を合わせたときに、お互いの進捗状況を報告しあって、励ましあいました。

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